2023-05-18 (Thu)
09:28
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脳は賢くなり過ぎないように設計されている
人間の脳は、賢くなり過ぎないようにできているのかもしれません。
これは個人の意思とは関係がありません。
実際は、人間が人間であり続ける為、脳は前頭前野に従い過ぎないように設計されていると考えざるを得ないような作りになっているのです。
生きる為には食べなければいけないのに、その本能に逆らってひたすらダイエットを続ければ、健康を害して最悪死ぬかもしれません。
元々、トップダウンのシステムが弱くなるのが健康な状態で、そのようにできているのです。
その典型は女性と出産の問題かもしれません。
女性が自分の生命維持を最優先するなら、子供を産むという行為はリスクが高すぎると言えます。
医療が発達していない時代では、お産で亡くなる女性も多かったのです。
しかし、それでは種として存続ができません。
ですので、トップダウンではコントロールできないような受精や性欲、子供への愛着などが強くなるように仕組んでいるのです。
記憶力も同じことが言えます。
完璧に記憶ができ、忘れない脳があったらいいと思う人もいるかと思います。
ですが、私たちの記憶は不安定になるように設定されています。
それどころか、都合よく記憶同士を合成したり、書き換えたりすることも行われています。
もし、全てを完璧に記憶できる人がいたとしたら一体どうなるのでしょうか。
忘れることができないということは、嫌な思い出も忘れることもできなくなってしまいます。
また、周囲に合わせる為の都合のいい記憶の書き換えもできずに、かなり辛い人生を送るこになるかもしれません。
記憶は、時間と共に消えていく、あるいは書き換えられていく仕組みがあるのは、よりよく生きる為には自然で当たり前のことだと言えます。
例えば、体験した危険な出来事を学習し、同様の事象を回避する為の安全装置として記憶の仕組みが発達してきたのだとすれば、一定期間その危機がやって来なければ、その案件の重みづけを変え、優先順位を低く見直す仕組みが必要になります。
それよりも、高頻度で致命的な影響を与える危険のほうを優先的に回避するべきです。
なかなか起こらないことに記憶のリソースを割いていると、重要なことに対応ができなくなり、危険な状態になってしまいます。
また、過去の失敗だけでなく成功体験にとらわれやすくなので、前例のないことには挑戦しにくくなってしまいます。
現代の教育や受験制度では、人間の一部の能力である記憶力を重視しているので、最適化されてきたはずの人類の生存戦略をかえってゆがめてしまっている可能性もあるのではないでしょうか。
テストでは高得点を取るために記憶力が良い人が有利になりますが、その結果をそのまま優秀であるかどうかのランク付けをしているのはどうなのかと思います。
現代では。テクノロジーの発達によって不完全な人間の記憶力はほとんど補完されるようになり、その仕組みは社会でも利用されています。
スマホやパソコンで文字を打つのであれば、漢字の書き方を忘れても大きな問題にはなりません。
そもそも人間の漢字記憶力は、パソコンには絶対に勝てません。
それならば、使用頻度が低い漢字を覚えるよりも、電子機器に頼ったほうが良いのではないでしょうか。
人間の不完全な記憶力を補完する電子機器は、自分たちよりも優秀であるということを認めているのです。
これからますます電子機器の性能は高まっていくのですから、優秀な人間を見分ける基準として記憶力を使うのは、時代に合わないでしょう。
そもそも記憶力だけでその人を判断するのもおかしな話です。
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